【タージマハル探し#05】キリスト教墓地の中にあるレッド・タージ


タージ・マハルのあるアグラ。そこに赤いタージ・マハルがあるのをご存じですか?タージマハル探し#5は、レッド・タージを訪れました。

レッド・タージ

ローマ・カトリック墓地

ムガル建築意匠の霊廟が並び、パッと見、イスラム教の墓地のように見えるこの場所は、アグラにある歴史あるローマ・カトリック墓地です。タージ・マハルと同じくらい歴史が古く、最初は海外からインドにやってきたキリスト教の商人などが埋葬されたそうです。またイギリス統治時代に、祖国を捨てインドにやってきた多くのヨーロッパ人たちが眠っています。

墓地には多くのキリスト教墓石が並んでいるのですが、いくつかの霊廟とチャペルも立っています。ムガル建築の霊廟にキリスト教の十字架などが融合されており、他のところでは見たことない、とてもユニークな作りになっています。

ムガル建築な霊廟
Marty’s Chapelのドーム上には十字架が
チャペルの中

John Hessing’s Tomb

この墓地でよく知られているのが、オランダ人探検家でマラーター王国の軍人となったジョン・ヘッシングの霊廟(John Hessing’s Tomb)です。赤砂岩で造られ、タージ・マハルを模したこの霊廟は、その見た目通り「レッド・タージ」の名前で呼ばれています。

彼は冒険家としてセイロン(スリランカ)に渡り、そこから軍人として様々な戦いに参加したといいます。ハイデラバードのニザームに使えた後、1784年にマラーター王国に参画。マラーター王国は、マハーラーシュトラ州の辺りの国で、北から攻めてくるイギリス軍と戦っていたのでした。マラーター王国が北上しアグラを占領している間、彼はアグラフォートの司令官としてここに滞在し、1803年アグラで亡くなりました。この霊廟は子どもたちが建てたそうです。

おわり🙂

ジョンさんの一生、なんて興味深い人生だろうか。なぜ一番はじめに彼がセイロンを目指したのか調べても分からなかったけど、こんな遠くにやって来て、他の国に参加して戦って祖国には帰らずにその地で亡くなる。

インドに住むのは好きだけど、毎年一時帰国しなきゃ私は無理よ。どんな覚悟でやってきたんでしょう。でもインドで長く過ごし、アグラに辿り着き、その地で子どもたちの作った美しいタージの中に眠るって、ジョンさんはきっと幸せなんじゃないかなぁーと思いました。

あすり
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