【タージマハル探し#16】ブラック・タージと呼ばれるシャー・ナワーズ・ハーン廟


長い間行きたいな~と思っていたブルハーンプルにようやく行けました!中でも特に行きたかった、ブラック・タージと呼ばれているシャー・ナワーズ・ハーン廟にも行けました✨

ブラック・タージ

ブルハーンプル

マディヤ・プラデーシュ州のブルハーンプルは、1601年にムガル帝国第3代皇帝アクバルが征服しました。デカンの玄関口と呼ばれる位置にあり、ムガル帝国のデカン地方進出を支える重要拠点として機能しました。このことから、ブルハーンプルには多くのムガル帝国時代の遺跡が残っています。

その中のひとつが、シャー・ナワーズ・ハーン廟(Shah Nawaz Khan’s Tomb)。ブラック・タージと呼ばれており、行ってきました!

Shah Nawaz Khan’s Tomb

シャー・ナワーズ・ハーン廟は、ムガル帝国第4代皇帝ジャハーンギールに使えた軍人シャー・ナワーズ・ハーン(本名ミールザー・イラージ)の霊廟です。彼はムガル帝国に仕えた重要な軍人家系の人物で、むしろ彼よりも祖父、父のほうが有名です。

祖父バイラム・ハーンは、ムガル帝国初代皇帝バーブルの時代から帝国に仕え、第2代皇帝フマーユーンが不慮の事故で亡くなり、息子アクバルが幼くして即位した際には、摂政として帝国を支えた人物です。

父アブドゥル・ラヒーム・ハーンは、ムガル帝国第3代皇帝アクバルに仕え、アクバルの宮廷で活躍した9人の人物<ナヴラトナ(9つの宝石の意味)>の一人で、軍事・行政の両面で活躍した人物です。また軍人としてだけでなく、詩人としても活躍しました。

そんな家系に生まれたシャー・ナワーズ・ハーン自身は、軍人としてムガル帝国第4代皇帝ジャハーンギールに仕えました。この治世は、南インドへの征服を進めており、シャー・ナワーズ・ハーンもこれらの戦で功績をあげ、ジャハーンギールから高く評価されていたようです。彼はデカン戦線を任されていたのですが、1619年にお酒の飲みすぎにより、若くして亡くなってしまいました。父アブドゥル・ラヒーム・ハーンも悲しみ、それ以上にジャハーンギールが悲しんだと言われています。

この霊廟は、父アブドゥル・ラヒーム・ハーンが建てたものです。誰でも彼でも好きなように建てたりできないでしょうから、それだけ地位が高かったことやこの家系が大切にされていたことが分かりますね。

霊廟は、この地域でとれる黒っぽい玄武岩で作られており、重厚な印象。霊廟に入る前にダルワーザーがあり、庭園の中心に霊廟が置かれるなどのいつものムガル建築様式を踏襲しています。真ん中のドームに加えて、建物の四隅に備え付けられたミナレット(塔)のようなものが特徴的。この霊廟の建設時期は1619~1623年頃とされ、1632年のタージ・マハルの着工よりもずいぶん前ですが、ドーム+4本のミナレットの特徴を抑えたタージ・マハルに似ている姿から、ブラック・タージとも呼ばれています。

タージ・マハルを作った第5代皇帝シャー・ジャハーンは、皇太子時代にデカン地方を任されており、このブルハーンプルにも長い期間、滞在していたといいます。きっとこの霊廟も見ていたはず。何かインスピレーションを与えたのかもしれませんね。

ミナレットは霊廟に組み込まれています
ドームの内側の装飾も美しい
夫婦で埋葬されています
霊廟の入り口ダルワーザー

おわり🙂

玄武岩で作られており、おそらく丈夫なのか、今まで訪れた様々な建築物の中でもかなり綺麗に保存されており、一見の価値ありです!こんな素敵な建築物なのに、お客さんは全然おらず、行ったときは一組とすれ違っただけ。地元の人からしたら別に行くほどでもー、って感じなのかな。そして他都市からわざわざ行くほどの観光地でもないってことでしょうか。地方都市にこんな立派な建築物があるってことが、インドの広さと歴史の深さを感じてしまいました。

あすり
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