グルドワーラー巡り #24【Gurdwara Badi Sangat】


シク教のお寺であるグルドワーラーを巡った記録です。ブルハーンプル旅行の際に訪問した、Gurdwara Badi Sangatです🌟

Gurdwara Badi Sangat

@ Burhanpur, Madhya Pradesh

マディヤ・プラデーシュ州ブルハーンプルにある、Gurdwara Badi Sangatです。ブルハーンプルの中心地にあります。

歴史とゆかりのある人物

Gurdwara Badi Sangatにゆかりのある人物は、10代目グル、グル・ゴービンド・シンです。

1708年にバハードゥル・シャー1世がムガル帝国皇帝に即位するとデカン地方の問題に対処するため南へ向かいます。その時に、グル・ゴービンド・シンが同行しました。その旅路で、ブルハーンプルのこの場所に滞在したと言われています。

ムガル帝国6代皇帝アウラングゼーブが1707年に亡くなると、皇位をめぐる争いが起こり、その中で息子のバハードゥル・シャー1世が皇帝になりました。グル・ゴービンド・シンは、アウラングゼーブの治世下ではムガル帝国と対立した一方、皇位継承争いではバハードゥル・シャー1世を支援し、関係を築きました。

自分の父をアウラングゼーブに殺害され、ムガル帝国と敵対していたのにも関わらず、なぜバハードゥル・シャー1世と関係を築いたのでしょう。アウラングゼーブはイスラム教以外の宗教に対して厳しい政策を進めましたが、バハードゥル・シャー1世は比較的他宗教にも融和的に見えたため、他宗教への圧力緩和を期待し、支持したようです。

ここで滞在した際には、グル・グラント・サーヒブの写本を準備させ直筆で署名を入れ、現在もこのグルドワーラーに保管されているそうです。

ここでの滞在後、マハーラーシュトラ州ナーンデードに到着した後、グル・ゴービンド・シンは、皇帝と接近しようとしていることに危機感を覚えた、ムガル帝国シルヒンド(パンジャーブの街)総督であったワジール・カーンにより襲撃されます。その際、バハードゥル・シャー1世は彼の治療のために医師を派遣したと言われており、その時点では皇帝側からも良好な関係を築きたかったことが分かります。(その後、シク教に対する排除がまた始まってしまうのですが)

そのまま襲撃の傷が癒えることはなく、グル・ゴービンド・シンは、ナーンデードで1708年に亡くなりました。

グルドワーラー

手前に大きな建物とホールがあり、さらにその奥に少しこじんまりとした別の建物があります。奥の建物のホールは、木材で装飾されており、中にはグル・ゴービンド・シンの写真などが飾られていました。グルドワーラーの近くにあった説明書きでは、後年、シク王国のマハーラージャ・ランジート・シンが命じて、チーク材の木工細工(彫刻)を行わせたと書いてありました。

前述の署名入りのグル・グラント・サーヒブの写本は公開されてはいなかったので、いつでも見れるものではないようです。

また一番奥には、ハテー・シンのサマーディ(霊廟)もありました。彼は、グル・ゴービンド・シンの妻マーター・スンダリーの養子アジート・シンの息子で、このブルハーンプルに居住しブルハーンプルとの関わりがあるそうです。

外観
奥のダルバール・サーヒブの中
ドアの木枠もすてき
ハテー・シンのサマーディ

おわり🙂

🌟グルドワーラー巡り

#24 Gurdwara Badi Sangat

● Place – Burhanpur, Madhya Pradesh

● Associated with – 10th Guru, Guru Govind Singh ji

● Sikh Artifacts – Hathlikhit Bir with Guru Govind Singh ji’s Signature

● Saraan – n/a

● Sarovar – No

あすり
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