あまり名前は聞かないですがムガル帝国の拠点の一つであったブルハーンプルに長らく行きたいなと思っていたのですが、なんせデリーからは交通の便がよくなく(飛行機なし)、さらにデリーからのいい感じの時間の直通電車は一日1~2本で人気長距離路線で予約が取れない!と先延ばしになっていたところ。ようやくデリーからの電車のチケットが取れたので行ってきました!
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ブルハーンプル

マディヤ・プラデーシュ州のブルハーンプルは、北インドとデカン高原を結ぶ交通・軍事上の重要な場所に位置しています。1382年からデリー・スルタン朝の地方官であったマリク・ラージャにより、イスラム系ファールキー朝が創立され、このあたりが開発されました。当初はブルハーンプルの北側にあるアシールガル城が政治の中心でしたが、その後、現在のブルハーンプルを建設し、遷都しました。
1601年には、北インドで勢力を拡大していたムガル帝国第3代皇帝アクバルがブルハーンプルを征服し、ムガル帝国の南インド進出拠点として機能しました。特に第5代皇帝シャー・ジャハーンとの繋がりも強い街です。
フッラム皇太子時代の1617年頃からデカン地方を担当するために、ブルハーンプルに滞在。ここでの軍事的な活躍を評価され、父である第4代皇帝ジャハーンギールによって「シャー・ジャハーン」の称号を与えられました。1628年に皇帝となり、1630年3月にブルハーンプルに到着。そこから約二年、ブルハーンプルを拠点に軍事作戦を指揮しました。妻ムムターズ・マハルも同行し、シャヒー・キラーに滞在。そして第14子目を出産する際、30時間以上に及ぶ難産によりブルハーンプルにて38歳で亡くなりました。タージ・マハルのあるアグラに移動するまで、遺体が安置された場所でもあります。
ブルハーンプル行政区で見た場合は半数以上がヒンドゥー教徒らしいですが、市内は半数以上がイスラム教徒という今のインドでもなかなか珍しい街。街中でもトーピーを身に着けていたり、アバーヤを着ている方を多く見ました。街はこじんまりとしているので、数時間あれば主要な建物を見てまわることが出来ると思います。Uberは使えないので移動は都度リクシャー交渉する必要あり。私は昼頃の電車でついて、その日の夕方の電車で帰る予定だったので、駅前にいたリクシャーのおじさんと交渉して6時間1000ルピーであちこち連れて行ってもらいました。


Jama Masjid

Jama Masjidは、1588年頃にファールキー朝の第10代目君主アーディル・シャー4世によって建てられました。ムガル帝国の作ったモスクの多くは、丸い玉ねぎ型ドームがあることが多いので、ドームのないつくりがシンプルに見えますね。このモスクの特筆すべきところは、アラビア語で書かれたコーランに加えて、サンスクリット語で書かれたコーランが壁に施されていること。これは、ファールキー朝が他宗教に寛容だったと考えられること、または別の宗教を信仰している人を取り入れるための宣伝としても見られているようです。


Shahi Qila

Shahi Qilaは、1500年頃にファールキー朝よって建てられました。その後、ムガル帝国の政治拠点としても使われました。デリーやアグラにあるムガル帝国のキラーと比べると、それよりも100年以上前に建てられたもので、保存状態もあまりよくなく、多くの場所が崩れており元の原型を留めていないです。ただ一部比較的綺麗に残っていたのが、Shahi Hammamのお風呂場。ここは、シャー・ジャハーンが妻のために整備したと言われているそうです。青と緑で施された天井の装飾が残っているのを見ることが出来ます。


Ahukhana

Ahukhanaは、ペルシア語で「鹿のいる場所」という意味で、ムガル帝国時代に整備された狩猟を楽しむ庭園だったそうです。とにかく広いのですが、2つ建物が残っており、このうちの一つにムムターズ・マハルが亡くなった後、6ヶ月間ここで安置されたそうです。6ヶ月経った後に、遺体をアグラに移動したとのことですが、うーん、こんなに遠い距離をどうやって!?電車でも十何時間もかかるのに、車もない時代、人の手や動物を使って運んだっていうことだよね。
というか、そもそもシャー・ジャハーンもここに滞在しました☆とか簡単に書いてるけど、何時間・何日かけて、デリーやアグラからやって来たのよ!?と、改めて我に返りました。歴史を知ると、昔の人たちは本当にすごいと思いますね。こんな広範囲を治めてたムガル帝国のすごさも感じます。


Kundi Bhandara

Kundi Bhandaraは、実用的なムガル帝国の遺産で、ポンプを使わずに水を運ぶ仕組みのことです。アブドゥル・ラヒーム・ハーンが建設しました。街の水不足を解決するために、近くのサトプラ山脈から高低差を利用して、街まで水を運ぶ仕組み。現在も活用されているんだとか!上の写真の箱型のフェンスの中に、Kundiと呼ばれる穴があり、その中に入ると地下水路があるそうで、それが水路沿いに何百個も続いているのを見ることが出来ます。
Raja Jay Singh Ki Chhatri

Raja Jay Singh Ki Chhatriは、アンベール王国(ジャイプル)の王ジャイ・シンを称える建物。アンベール王国はヒンドゥー教ラージプート王族でありつつも、ムガル帝国と深い関係があったというのはジャイプルに行くとよく聞きますが、なんと王様自らこんな遠いデカン地方で活躍し、このブルハーンプルで亡くなったんだそうです。第6代皇帝アウラングゼーブが建てたんだとか。異教徒に厳しいと有名ですが、こんな建物を建てるなんて、いいとこあるじゃん!それだけジャイ・シンのことを評価していたんだろうというのを感じますね。
Dargah-E-Hakimi

ファールキー朝~ムガル帝国時代の建築物以外で、ブルハーンプルで有名なのがこちらのDargah-E-Hakimi。ダウーディー・ボーラ派<イスラム教のシーア派に属するイスマーイール派>の宗教指導者であったSyedi Abdul Qadir Hakimuddinの霊廟。彼はインドのあちこちを旅しながら教えを説いていたようで、ブルハーンプルもその一つの場所で、ここで亡くなったことから霊廟が建てられたそうです。活動期間はムガル帝国後期にあたります。
広大な敷地に綺麗に整備された建物たちはもちろん見ごたえあるのですが、何より女性たちの服装がとってもとってもかわいいの!頭も隠れるスモックのようなトップスと、ふんわりとしたスカートの2ピースで、パステルカラーの方が多くてハートとかかわいい柄物を着ている方も。これは、ダウーディー・ボーラ派の女性たちが着るRidaという洋服なんだって。初めて見たー!


ブルハーンプルのおいしいもの
Mawa Jalebi

ブルハーンプルでこれ食べておきなってものはある?と、リクシャーのおじさんに聞いて連れてきてもらったのがこちら。ブルハーンプルは「Mawa Jalebi」というのが有名なんだそうです。Mawaは、牛乳を長時間煮詰めたもので、それを生地に使ったジャレビーで、黒っぽい見た目に揚がることから「Kala Jalebi 黒いジャレビー」とも呼ばれるんだとか。普通のジャレビーは、サクッ&ジュワ~っていうイメージですが、このMawa Jalebiは、モチモチとした食感でとってもおいしかったです🌟


おわり🙂
約6時間の滞在でしたが、見たいところすべて回れたのでよかったー!リクシャーのおじさんがもう優しすぎて!それに大感謝の旅でした。リクシャーでよくあるあるなのが、あちこち回ったときに「ここで待ってるから、さっさと行ってこい」とか「待たせすぎ」「そこは遠いから行きたくない」とか小言を言われることあると思うのですが、今回お願いしたおじさんは、すべての場所に一緒に着いてきて、彼が知ってることをいろいろと教えてくれました。あと、ここも見たほうがいいっていろいろ教えてくれたり。(Dargah-E-Hakimiはノーマークだったのですが、おじさんが連れて行ってくれた)
インド旅行では、どんな人と出会うかでその街や思い出の印象が左右されたりしてしまうもの。ブルハーンプルではよくしてもらったっていう良い思い出ができて、それがとっても嬉しかったです。
