【マグハル】聖詩人のカビールダースの霊廟に行ったよ


インドの文学史や歴史を語るには欠かせない、詩人で社会改革者で聖者であるカビールダース。彼が亡くなった場所、ウッタル・プラデーシュ州のマグハル村と、そこにある霊廟に行ってきました。

聖詩人カビールダース

カビールダースは、インドの詩人であり社会改革者であり聖者として知られています。1398年に生まれバラナシのイスラム教徒の機織りの家庭で育ち、生涯を機織り職人として働きながら詩を詠みました。1518年にバラナシよりも北にあるマグハル村で亡くなりました。(計算すると120年生きていることになり、あくまでも伝承でのカビールダースの生涯。)

15世紀はヒンドゥー教、イスラム教徒の対立も激しい時代でした。その当時、文学史ではバクティカールと呼ばれる時代で神への愛や献身を詠う作品が多く生み出されました。その中でも、神様は名前も形もあるものとして信じる作家(主にヒンドゥー教のラーマやクリシュナなど)、また一方で神様は姿かたちもないものとして信じる作家(主にイスラム教、またシク教教祖のナーナクも含まれる)の流派などがありました。

カビールダースは、神様は姿かたちがなく自分自身の心に宿るものだと説きました。そして彼の作品の多くは、宗教の形式やカースト制度などを批判し、人々に疑問を投げかけるものでした。内容は、ヒンドゥー教、イスラム教、両方を批判します。彼はイスラム教徒として生まれ育ったものの、ヒンドゥー教徒の聖者であるラーマーナンダの弟子になるなど、宗教にとらわれない人でした。当時シク教が生まれる時代であり教祖のナーナクとも交流があったのではないかと言われています。その博愛的で本質的なカビールダースの詩は、シク教の聖典であるグル・グラント・サーヒブに最多数で収録されています。

バラナシで生まれ育ったというカビールダースが、なぜ小さなマグハル村で亡くなったのか?これにも逸話があります。バラナシは現代でも知られている通り、ヒンドゥー教徒が最期を迎えたい場所、なぜなら解脱できる場所(天国に行ける)だと信じられていました。その反対で、当時はマグハルは呪われた場所で、マグハルで亡くなったものは救われずに来世でロバに生まれ変わると信じられていたそうです。

このことに真っ向から対立したのがカビールダース。彼は生涯をかけて偏見や迷信を批判し続けました。そして、自分の死をもってマグハルを選ぶことで、それがくだらない迷信だと証明しようとしてみせたのです。こうして彼はマグハルで最期の時間を過ごして、亡くなりました。

昨年サンスターンに通っていた時に、インドの文学史に残る作品を多く学んだのですが、その中でも特に心に残ったのが、カビールダースの詩でした。当時の詩を訳してみても、とても普遍的なことを述べていて、今の時代にも通じるものがあるのです。今でも宗教を超えて愛されている人で、それは彼が人のことを何かのフィルター(宗教や人種とかカーストとか)を通して見ずに愛を与える人だったからなのだと思います。作品だけでなく彼の様々なエピソードを知り、せっかくインドにいるならマグハルに行ってみたいと思いました。

マグハルに行ってみる

デリーからはなかなか遠く、どうやって行こうか悩んだ結果、近くの大きな都市に泊まってそこを起点にして日帰りでいこうかなと。少し遠いけど、ラクナウに前から行ってみたかったのでラクナウ旅行に決定!

マグハルにも鉄道駅はあるのだけど在来線しか止まらないようで、そこまでたどり着くのは難しそうだったので、とりあえずラクナウから出ている特急で行ける最寄りの駅まで行くことに!その後はどうにかする!

カリーラーバード

ラクナウから約4時間40分鉄道に乗り、カリーラーバードという駅に到着。同じ駅で降りるおじさんに地元の方ですか?マグハルまで行きたいのだけど、と行き方を聞いてみる。すると、まずはリクシャーでバイパスまで行き、そこでバスに乗り換えられると思うよ、とのことだったのでバイパスまで向かいます。

相乗りリクシャーに乗ると、乗客のお兄さんが話しかけてきてどこに行くの?と。そこでマグハルに行きたいのと言ったら、バスは何時に来るかわからないし、リクシャーで直接行ったほうがいい!と、彼がリクシャー運転手にあれこれ交渉してくれて、カリーラーバードのバイパスからマグハルの往復で200ルピーで行ってくれることになりました。本当にインド人って親切なんだよ😭

マグハル

カリーラーバードから電動リクシャーで約15分でマグハルに到着!意外と近かった!村はこじんまりとしているのですが、霊廟への入り口に立派なゲートが建てられています。

ゲートを進むと、カビールダースの銅像が登場。このあたり一帯が、公園のように整備されていました。銅像を建てたりこれらの再開発はインド政府観光省によって2016年頃に行われたようです。

アーミー川

マグハル村に流れるのがアーミー川。そして霊廟はアーミー川のすぐ横に建っています。このアーミー川にもカビールダースにまつわる逸話が。カビールダースが生きていた頃は、この土地は干上がっており、この川はここを流れていなかったそうです。カビールダースがマグハルへ来ると、川が自ら流れの向きを変えてこの場所に流れ始め、マグハルの水不足を解消したんだそうです。

またカビールダースはこの川のことを「アミヤー」と親しみを込めてあだ名で呼んでいたんだとか。霊廟に巡礼に来る人は、この川の水を持ち帰ったりもするそうです。

2つの霊廟

亡くなってからもエピソードに欠かないカビールダース。有名な逸話があります。上の写真を見てわかる通り、霊廟が2つあります。右がヒンドゥー教のもので、左がイスラム教のもの。

彼がマグハルで亡くなった後、どのように葬儀をするのか、どのように遺体を葬るのか、ヒンドゥー教徒とムスリム教徒の間で争いが起こってしまいました。(この時点で愛されすぎ)そしてそんなこんな争っている間に、布がかけられていた遺体は気づいた時には花に変わってしまっていました。争ってはいけないと、その花を二つに分けて、それぞれの宗教に乗っ取った方法で葬ったそうです。逸話って言うか、もはや伝説です。

そうして、後年この場所には、ヒンドゥー教、イスラム教それぞれのカビールダースの霊廟が建てられました。このように一人の人物のふたつの宗教の霊廟が建つというのは大変珍しいことだそうです。

ヒンドゥー教の霊廟(サマーディ)

ヒンドゥー教の霊廟、サマーディ。ヒンドゥー教では遺体を火葬にし、基本的にはお墓などを持ちませんが、聖者や宗教者はこのような霊廟が建てられ、お墓というよりはお寺のような役割を果たします。中にはカビールの肖像画や、カビールがしっかりと彫られた銀製のモニュメントがありました。

明るい雰囲気で、インド人もパシャパシャ自撮りしたり、写真も撮ってけ撮ってけーって感じです。帰りに甘いプラサードをくれました。

イスラム教の霊廟(マザール)

ヒンドゥー教の霊廟、マザール。上の写真の右側にある、小さな霊廟はカビールダースのお弟子さんのものだそう。中はすごくシンプル。真ん中にカブルと呼ばれる墓石があり、その上にチャーダルと呼ばれる布がかけられています。

見てたらここのスタッフ?から、このチャーダルをかけないか?と声をかけられました。イスラム教の霊廟ではこのように参拝したときに布をかけるという慣習があるんですね。せっかくなので布をかけてもらいました。500ルピー。布はカブルにかけるものなので、持って帰ることはできません。

ですがね、これをやったからか、もっと寄付しろ(布の他にも最初に少しの寄付はしてますよー)とか写真撮らせろとかすごくしつこくなって、しまいに一緒にセルフィー撮ってくれって最後追いかけてきて、断固拒否のめちゃ早足で立ち去りました。やっぱりインド。

こちらチャーダルかけてもらった様子

おわり☺

帰りはカリーラーバードまでリクシャーで戻り、そこからファイザーバード行きのバス→ラクナウ行きのバスに乗り換えて、約5時間かけてラクナウに戻りました。かなり長旅で疲れました~、それでもマグハルまで行けて、カビールダースの霊廟に行けて、よかったです!✨

あすり
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